パリでちらほらと、和菓子を扱うお店が増えてきました。以前までは、あんこのような“甘く煮た豆”にフランス人の味覚が慣れておらず、和菓子はなかなかフランスで広まらないのではないかと言われてきました。それにもかかわらず、和菓子を嗜むフランス人の数は増えています。
なぜ近年になって和菓子に注目するフランス人が増えてきたのか?
本当にフランス人は和菓子が苦手なのか?
もし苦手なら、どのような和菓子なら受けるのか?
これらの疑問について、パリで長年活躍する和菓子職人に答えを聞いてみました。
スイーツの聖地・パリに横たわる和菓子への壁
▲餅米でついたお餅に白あんが入った「梅餅」
世界中から菓子職人が集い、続々と新作が発表され続けるパリ。ここでは彼らが生み出す作品を舌の肥えた美食家たちが判定し、スターとなったパティシエはメディアを賑わせます。
そんなフランスのパティスリー業界を、和菓子で開拓しているのが、パリに住む和菓子職人の村田崇徳さんです。
村田さんがパリにやってきたのは2005年。きっかけは「パティスリー・サダハル・アオキ・パリ」を営む青木定治さんのラボを、村田さんのお兄さんが手伝っていたことでした。
京都の和菓子店での修行を終えた後、2週間のヨーロッパ見物のつもりでしたが、青木さんの誘いもあって、パリでラボの手伝いをするようになります。そして2006年からは、パリ市内のレストラン「あい田」で、2年半和菓子を使ったデザートを担当しました(「あい田」は2008年にパリの日本料理店初のミシュラン1つ星を獲得しています)。
▲パリ市内の施設で和菓子のデモンストレーションをする村田さん(写真提供:村田さん)
その後、村田さんはいったん日本に帰りますが、2011年には「あい田」がパリで開店した和菓子店「和楽」の店長として再びパリへ。2016年まで和楽に勤めた後、フランス人オーナーが開いた和菓子ティーサロン「パティスリー朋」を、オープンから1年半支えました。
そして現在、村田さんはパティスリー朋を離れ、業者向けに自身の和菓子を卸しつつ、自らのお店を開くための準備をしています。
▲上用饅頭を使った「雪見うさぎ」
パリ市内で開かれた日本食イベントや企業レセプションでも、グラス片手に歓談するフランス人ビジネスマンやゲストたちの視線の先には、忙しく動き回る村田さんの姿がありました。
その手から季節に合わせた精緻なお菓子が次々と作られ、ビュッフェ会場は華やかに変化します。ある人はスマホを出して和菓子の写真を撮り、ある人はお菓子の詳細を尋ねて微笑みます。
こうした風景を目にすると、和菓子の造形の美しさは、一見フランスの食文化と親和性が高いと思うかもしれません。しかし調べていくと、「和菓子」と「フランス人」の間には簡単に相入れない食文化や味覚の壁があることが分かりました。
日本のヒット映画が和菓子の認知度を高めた
パリでお菓子と関わってきた15年、村田さんによれば和菓子に対する認識は大きく変わったそうです。
▲紅茶を生地に混ぜて焼いた「紅茶どら焼き」
──村田さんがパリにやってきた当時と比べて、パリの和菓子に対するイメージはどう変化しましたか?
村田さん:2015年を境に、人気が増していますね。きっかけは、カンヌ国際映画祭へ出品され、フランスでも公開された『あん』でした。映画では、樹木希林さん演じるハンセン病患者と、永瀬正敏さん演じるどら焼き職人の交流が描かれています。
──そこで、あんこやどら焼きの認知度が高まったということですか?
村田さん:当時、私は和楽で働いていましたが、それまで和菓子を求めて来店されるお客さまのほとんどは日本人。しかし映画公開後は、日本人とフランス人のお客さまの割合が半々になりました。
──とはいえ、おにぎりやラーメンといった日本食と比べて、パリで和菓子の認知度がそこまで広がっていないのは、フランス人にとって何か受け入れられない要素があるのでしょうか?
村田さん:パリで和菓子をやっていて、まず直面したのは「フランス人はあんこが苦手」ということ。以前と比べれば、あんこに抵抗がない人の数も増えてきましたが、彼らは“甘く煮た豆”というものに対して、日本人のようには慣れ親しんでいません。
──あんこが苦手だと、ほとんどの和菓子は食べられないですよね。
村田さん:そうですね、「くず」なども食感が苦手なようです。ただ、それ以上にもう一つ、フランスでの和菓子の広がりを難しくしているのは、多くのフランス人が「すべての和菓子を同じ味に感じてしまう」ということです。
▲ヨモギを練り込んだういろう生地で、つぶあんを包んだ「よもぎの花」
──和菓子といっても、いろいろな種類がありますが……それでも同じ味に感じてしまうんですか?
村田さん:日本人は、子供の頃から和菓子に慣れ親しんでいるため、「これは桜餅だ」とかそれぞれの違いを区別できます。しかし和菓子を見慣れていない、食べ慣れていない人からすると、どれも同じような“あんこ味の食べ物”でしかありません。
和菓子は季節によって商品が変わります。和楽でも、毎日5種類くらいの和菓子を用意していました。そこから何種類かを出しても「それぞれの味の違いが分からない」と言われることがしばしばありましたね。
▲ういろう生地を着物に見立てた「お雛さま」
──確かに、どの和菓子も大抵は砂糖、豆、米で構成されています。そうなると、和菓子がフランスで普及するのには限界があるのでしょうか。
村田さん:いえ、馴染んでもらう方法はあります。和楽でも行っていたのですが、それぞれの和菓子が持つ背景や季節感を、提供時に口頭で説明するということです。「なぜ桜餅は春なのか」といったような各和菓子の意味が分かってくると、まったく和菓子に触れたことがない人でも、それぞれの違いを区別できるようになってきます。
──結果、状況は変わりましたか?
村田さん:当初感じていた難しさは、大分薄れてきました。また、お客さまの目の前で和菓子を作ってみせて、完成までの工程を理解してもらうのも大切です。
今まで和菓子を、見た目でしか選んでこなかったというフランス人のお客さまは多いですし、このような材料からできていることを初めて知ったというお客さまも、たくさんいらっしゃいますから。フランスにおいて、和菓子はまだまだ橋渡しが必要な分野なんです。
“引き算”の和菓子と“足し算”の洋菓子
▲いちご大福
──和菓子と洋菓子の大きな違いはどこにあると思いますか?
村田さん:味の構成ですね。和菓子は味を引いていくことで良さを出すのに対して、洋菓子は味を足していくことで美味しくなるという考え方です。そのため洋菓子を食べ慣れているフランス人からすると、和菓子は「味が単純過ぎる」と感じてしまいます。
──日本の伝統的な食文化は、どれも引き算で素材の魅力を引き出しますね。
村田さん:日本で生まれ育ってきた人だと、限られた材料でも十分に美味しく感じられるんですが、食文化が変わると人の味覚も変わります。練り切りなどは見た目がとても美しく、購入されるお客さまは少なくないのですが、いざ食べてみると「好きではない」という反応が多いですね。
▲練り切りの「寒椿」(写真提供:村田さん)
──そこを克服するにはどうすればいいのでしょうか?
村田さん:例えば、普通の大福ではなく“いちご大福”にするとか、何かを足してインパクトを出すことです。そうするとフランスでは受けやすくなりますし、味に変化を付けることにもつながります。
──そこさえクリアできれば他に問題はありませんか?
村田さん:いえ、まだまだ課題は多いですね。例えば、和菓子と洋菓子では食べる用途が違います。そもそも和菓子は、お腹が空いた時に食べるようなものではなく、お茶請けとしての役割を持っていますよね。一方洋菓子は、それ単体で充足感を得られます。
そうなると、洋菓子を食べるような動機で和菓子を食べると、和菓子1つだけでは物足りないと感じるフランス人のお客さまが出てきます。和菓子として大きめに作ったとしても、洋菓子の大きさに比べれば限界がありますし。
──買ってもらう数を増やすと、価格的にも洋菓子店に対抗できませんね。
村田さん:はい、洋菓子なら1つで済むところを、和菓子でお腹を満たすとなると数個は必要ですから。
フランスで和菓子を広めるなら、まずは“味を足す”
▲パティスリー朋で出される「パリキョウト」はフランスの定番スイーツ「パリブレスト(生地をリング状にして焼いたシュークリーム)」のクリームと、どら焼きを合わせたもの
──この先、フランスで和菓子を広めるための第一段階として、何が必要だと思いますか?
村田さん:先ほどもお話したように、まずは洋菓子的に味を足すことで、フランス人の味覚でも馴染みやすくする必要があります。例えば、「パティスリー朋」で出されているような、どら焼きと洋菓子を合わせた形にするといったことですね。
──そうすると今後フランスでは、和菓子といえば“足し算の和菓子”がスタンダードになるのでしょうか?
村田さん:フランス人の注目を集める必要はありますが、ある程度“足し算の和菓子”の時期が過ぎれば、今度は自然と“引き算の和菓子”に興味が移ってくるはずです。なぜなら、味を足していったものはどうしても食べ飽きてしまうんですよ。
──和菓子本来の形を消費者が求め出すということですね。
村田さん:もちろん“足し算の和菓子”というのは、それでも一定数は売れ続けるとは思います。しかし和菓子に対する社会での認識が広がるにつれて、必ずシンプルな和菓子を好む人が出てくる。そして状況が成熟すればするほど、本来の“引き算の和菓子”が好まれる環境になるはずです。今はまだその前段階です。
▲上用饅頭に凱旋門の焼印をつけ、シャンゼリゼ大通りのクリスマス・イルミネーションを表現した「聖夜」
──“足し算の和菓子”でフランス人の興味の間口を広げるのは、「日本の和菓子文化を広める」という意味では「好ましいことではない」と感じる人もいるのではないでしょうか?
村田さん:もちろん、本物の和菓子ではないという人もいるかもしれません。しかし和菓子を広めるには、必要な過程です。
──フランスで和菓子が広がっていくには、コスト的にも材料を現地で調達しなければいけませんね。
村田さん:フランスにも、まだ少ないですが小豆を作っている農家があります。実際に農家に足を運んでみると、欧州連合(EU)が定めた基準に従って、オーガニックで作っているんですよ。形が綺麗にそろった日本の小豆と比べれば、どうしてもこちらの小豆は不揃いですが、手元にあるものでいかに良いものを作ることができるのか、そのスキルは必須です。
──フランス人の和菓子職人がもっと出てくることも大切ですよね?
村田さん:そうですね。そのような目的もあって、和楽に勤めていた時はフランス人の研修生を入れていましたし、その研修生がパリで開いたお店が、先ほどもお話した「パティスリー朋」だったんです。パティスリー朋では現在、フランス人の職人が自身であんこを作っています。
▲パティスリー朋は「オペラ地区」と呼ばれるパリ中心部の日本・アジア食品街にある
──村田さんとしては、今後どのように和菓子を展開していくつもりですか?
村田さん:現状で和菓子に興味を持ってくれる層というのは、まだ知識階級に止まっています。そのためBtoBとしては、高級ホテルの朝食にあんこを使ってもらうとか、食材の一部としてレストランとコラボするといったことを考えています。
とはいえ、BtoBはビジネスとしての裾野を広げやすい一方で、お客さまの顔が見えづらい。そこでBtoCとして今年中をめどに自分の店舗を開いて、お客さまと対話できる場所を再び持ちたいと思っています。
まとめ
今回のお話を元にすると、パリの和菓子の現状は、
- 2015年の映画『あん』を境に和菓子の知名度が上がった
- 「同じ味」に感じる和菓子の違いをいかに認識させるかが課題
- 伝統的な和菓子より、まずは“足し算の和菓子”で認知度を上げる
であることが分かりました。
和菓子に対するフランスの人々の興味がより高まっていけば、近い将来、フレンチのコース料理に和菓子が加わったり、瓶詰めされたあんこが、スーパーマーケットでジャムなどと並んで陳列される日もくるかもしれませんね。
書いた人:加藤亨延
ジャーナリスト。日本メディアに海外事情を寄稿。主な取材テーマは比較文化と社会。取材等での渡航国数は約60カ国。ロンドンでの生活を経て現在パリ在住。『地球の歩き方』フランス/パリ特派員。
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August 03, 2020 at 06:30AM
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