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“ド定番時計”を選んでみました── 「日本一の時計通」による“口プロレス”が実現!【後編】 - GQ Japan

ダイアルが先か、中身が先か

──ケースとムーブメントのサイズに齟齬があっても魅力的な時計はたくさんある、ということですね。スピードマスター以外には、何か思いつきますか?  

飛田:カルティエの「タンク」でしょうか。原理主義的に言えば、ムーブメントは角型以外にありえないんですが、なぜかそこは誰も気にしないですよね。それに、最近の「タンク ルイ カルティエ」などは造形が素晴らしい。

タンク ルイ カルティエ

広田:たしかに中身は気にしないのかもしれません。

飛田:ということは、スモールセコンドがなく、デザインのバランスが巧くいっていれば、凝縮感は自然に生まれてくる、ということでしょうか。不思議なのはF.P.ジュルヌですよ。ジュルヌさんが「クロノメーター スヴラン」を作ったときですけど、あのスモールセコンドの位置ってバランス的にはおかしいですよね? 定石から絶対に外れているんだけど、それが面白い!

ランゲ1

広田:A.ランゲ&ゾーネの「ランゲ1」も定石からは完全に外れています。とくに初代はムーブメントの設計も常識外れだし、第2世代もぶっ飛んでます(笑)。

飛田:あれはダイアルのバランスを完璧にすることが目的だから、機械としての従来の原理原則からは程遠いけど、カッコイイんですよ

ダトグラフ

広田:ぶっ飛んでるじゃないですか? だって巻き芯がテンプの下を通るんですよ! それを言っちゃうと、名作中の名作「ダトグラフ」だって相当に設計はぶっ飛んでますね。

飛田:やっぱりデザイン優先なんですか?

広田:間違いなくデザイン先行です。時計史家のラインハルト・マイスが、当時のランゲを率いていたギュンター・ブリュームラインなどとデザイン画を仕上げて、技術者たちが頭を抱えるっていう図式が見えてきますね。

飛田:でも結局は、デザイン先行で、機械をそれに合わせていくほうが、結果的にいい時計になりやすいのかもしれませんね。

名もなき「デザイナー」が産んだ名作

オーシャン2000

© Masanori Yoshie

広田:デザインについては偶然もあると思うんです。カラトラバのRef.96もそうだし、ポルシェデザインの「オーシャン2000」もそうですけど、わりと即興の産物なのではないかと。

飛田:Ref.96って、誰がデザインしたかわかっていないんですよね?

広田:あれも結局、新しい社長が招聘されてきて、懐中時計じゃなくて、これからは腕時計も作らないとダメだからって大慌てで作って……。

飛田:ジャン・フィスター(註4)ですね。この人も謎が多いんですよ。もっと知りたい……。

広田:フィスターが来て、急ごしらえで作って……。柳宗悦っぽく言えば、熟練工が何にも考えずにパッと作ったみたいな雰囲気はあります。

飛田:なるほど、それは一理あるかもしれません。Ref.96なんてどう考えても、あの老舗が練りに練ったっていうデザインじゃないですからね。あり合わせのケースでパッと作った。

広田:そうそう。熟練工の即興なんです。

飛田:オーシャン2000もそうなんですか?

広田:あれも全然スケジュールがなくて、とりあえずチタンケースを作らないと会社がつぶれそうだから、えいやぁでカタチにしちゃった、ということのようですね。だから初期のものには結構、雑な部分もあるんです。

ロイヤル オーク

飛田:本当かどうかわからないけど、「ロイヤル オーク」だって、ジェンタはひと晩でデザインを描き上げたって言いますよね。

広田:ジェラルド・ジェンタ(註5)に関して言えば、あの人は死ぬほどたくさんのデザイン画を描いたから。だから即興から生まれた名作も多かったように思います。

飛田:ランゲ1やダトグラフのように、予め"決め打ち"ができたものはいいんですけど、60年代まではそんな例はなかったですよね。当時はケースとかダイアルとか針を、バラバラに組み合わせていましたから。

広田:針は針屋、ダイアルはダイアル屋がデザインして、それを組み合わせる。スタイリストが時計1本まるごとコーディネイトした例なんてなかったはずです。

飛田:ジェンタ先生もロイヤル オークが最初だって言っていますものね。

広田:ユニバーサル・ジュネーブの名機と言われる「ポールルーター」だって、そこらへんにあったパーツで組んだデザインですよ(笑)。

飛田:セイコーは60年代頃からデザイナーがトータルでやっているのではなかったですか?

広田:田中太郎さんっていうデザイナーがいて「セイコー5」とか、1人でデザインしていたんです。ダイアルから針からケースまで全部。そうした意味ではトータルパッケージですよね。

飛田:少なくともスイスでは、初代ラグジュアリースポーツのロイヤル オークが、トータルデザインパッケージのはしりだった、ってなるわけですね。

生き残る時計の条件

ポルトギーゼ

──デザイナーがいない時代に現場の職人仕事で生まれたデザインのうち、いまもアイコニックなデザインとして残っているものがあります。なぜ生き残ったのでしょうか?

飛田:レベルソなどは最初のコンセプトがすごいから生き残ったということになりますよね。

広田:IWCの「ポルトギーゼ」もコンセプトの勝利。ケースはともかくムーブメントや針は懐中時計のものそのものですから。

飛田:スピードマスターも、直径27mmっていう小さめのクロノグラフを作って、それを防水ケースに入れた。中身を二重にして。当時としては異常なくらいケースが大きいんですよ。それでたまたまNASAに採用されてしまった。偶然に生まれた名作もある、ということですね。

シーマスター 300

レイルマスター

広田:初代スピードマスターに関しては、当時の「シーマスター 300」や「レイルマスター」と連番なんですよ。ケースの基本設計もほぼ同じです。

飛田:お次は何マスターを作ろうかって? というのは冗談としても、時計自体を作り込むっていうよりは、マーケティング主導での即興な感じはありますね。

広田:80年代も面白いですよ。

パシャ。Marian  Gérard,  Collection  Cartier  ©Cartier

飛田:カルティエの「パシャ」。アーカイブのリバイバルでしたが。

広田:IWCの「ダ・ヴィンチ」が85年。

飛田:ダ・ヴィンチは汎用ムーブメントベースで、永久カレンダーを作ろうとしたんです。

広田:そのコンセプトが偉大なんですよ。同時代で言えば、ユリス・ナルダンの「アストロラビウム ガリレオ ガリレイ」とか?

飛田:ルードヴィッヒ・エクスリン博士(註6)を引っ張り出してきて、ものすごい天文時計の三部作を作るっていうコンセプトですね。でも作るたびに違うケースでしたよね。

クロノマット

広田:意外と滅茶苦茶してました。それから80年代と言えばブライトリングの「クロノマット」ですね。デザインしたのはジラール・ペルゴを率いていたルイジ・マカルーソです。70年代にトータルパッケージが成立したって考えれば、80年代にこうしたデザインコンセプトのしっかりした時計が数多く発表されたのも納得です。

1990年代から何かが変わった

フランク ミュラー

飛田:90年代に入ると、フランク ミュラー やA.ランゲ&ゾーネが出てきます。最初の「ランゲ1」は94年。ちょうど私が時計業界に入った頃ですけど、80年代までと90年代以降は、産業自体の勢いがぜんぜん違うんですよ。だから外部からも資本がどんどん入ってきて、マーケティングやデザインのプロが統括するようになってきました。もちろん、それでダメになった例もたくさんあるのですが。

広田:2000年代になると、ユリス・ナルダンから「フリーク」が出てきて、オメガがコーアクシャル脱進機をさらに改良。時計の作り方自体がガラリと変わります。デザイン的な即興さはなくなって、新技術が一気に伸びる。

シャネルの「J12」

飛田:デザインで言えば、ウブロの「ビッグ・バン」が出て、シャネルの「J12」が出てきて、リシャール・ミルも登場しました。

広田:ビッグ・バンとJ12は完全に定番化しましたね。

飛田:J12のデザインって、意外なほどオーソドックスなんですよね。

広田:ものすごくオーソドックスですよ。1950年代の普通の実用時計みたいですもの。セラミックスで「オイスター パーペチュアル」を作ったら、ああなりました、みたいなイメージです。

飛田:実際にオイスターの影響は大きかったのでしょうね。ただ、細かな部分にシャネル流の美意識が入っていて、実は私もかなり参考にしたんです。

ラグスポは最後のトレンド

──21世紀に入ってからはどうでしょうか?  

飛田:新しいアイコンは少ないんですよ。

広田:少ない! 復刻系と古典回帰でしょうか?

飛田:その潮流はいまもまだ続いていますね。

広田:で、いまはラグスポ(ラグジュアリースポーツ)。一大ブームですね。

飛田:21世紀版のラグスポは、とにかくこう、パッと見てわかるかわからないかが勝負ですね。

広田:そうですよね。そうでないものが出てきて欲しいなと思うんですけどね。いまのところラグジュアリーは、超複雑系とかスーパーラグジュアリーに向かっているじゃないですか。

飛田:そうですね。あとやっぱりカスタマイズが好き、という人が多い。私の顧客も、みんなカスタマイズって言うんですよ。世界に1本。だからどんなメーカーも、パーソナライゼーションの幅は拡げようとしていますね。

広田:たぶん過渡期なんですよ。時計業界にはいろいろなストーリーがあって、その物語に沿ったマーケティングがずっと続いてきたわけですが、そうした物語支配が解体されて個の時代になってきた。パーソナライゼーションって、ブランドストーリーとは関係ないですからね。時計の世界もこの5年で、トレンドが見つけにくくなった気がします。

飛田:やっぱりあれですか。ラグジュアリースポーツが最後の巨大トレンドなんでしょうか?

広田:うーん、そうかもしれませんね。逆に飛田さんに伺いたいんですけど、要は高級ファッションがストリート化しているじゃないですか? 別の言い方をすればラグジュアリーの民主化だし、みんなが普通になったとも言える。物語の解体と、個の進出。じゃあその次は何でしょうか?

飛田:ストリートウェアになりきらず、最後に残るのがジュエリーとかレザーでしょうか。で、次にウォッチなんじゃないですか。他のジャンルがすべてカジュアル化しても、最後に差別化したいものとして残るような気がします。

広田:アパレルはカジュアル化の大波にさらわれている感じがします。

飛田:だからその裏返しで、機械式時計は盤石な気がしますけどね。こんなに充実したジャンル、ちょっとほかにないですよ。

広田:基本的にラグジュアリーって、間口は広く、奥は深くだと僕は思っているんです。いまのところその土壌はある。パーソナライゼーションも含めて、時計産業全体がストリートに近くなっているけど、原点回帰って考えると、やっぱりオーセンティックな価値って続くのかなと思いますね。

飛田:ロレックスの「デイトナ」とか「サブマリーナー」はオーセンティックの範疇ですか?

広田:それがまだわからないですね(笑)。でも定番と言われるものは、帰るべき場所として生き続けて欲しいと思います。

「日本一の時計通」はどんな人?

飛田直哉

飛田直哉  NAOYA HIDA & Co.代表

1990年代から複数の外資系専門商社でセールスやマーケティングを担当。F.P.ジュルヌやラルフ ローレン ウォッチ アンド ジュエリーの日本代表を務めた後、2018年にNAOYA HIDA & Co.を設立。高級時計の販売員トレーナーとしても活躍する。2020年は「NH TYPE 1C」と「NH TYPE 2A」を発表した。

広田雅将 

広田雅将  時計専門誌『クロノス 日本版』編集長

1974年、大阪府生まれ。時計ジャーナリスト。大学卒業後、サラリーマンなどを経て、2004年からライター業に専念。2016年に『クロノス 日本版』編集長に就任。国内外の時計専門誌・一般誌などに執筆多数。時計メーカーや販売店向けなどにも講演を数多く行う。ドイツの時計賞『ウォッチスターズ』審査員でもある。

(註4) ジャン・フィスター

1933〜58年にパテック フィリップの社長職を務めた人物。32年に同社の経営権を取得した文字盤メーカーのスターン兄弟が、ダイレクターとしてタヴァン(当時の有名スイスブランドのひとつ)から招聘。Ref.96に数多く存在したバリエーションは彼の主導でプランされたとされる。しかしフィスターの着任が33年、最初期のRef.96発表が32年ということを考えると、オリジナルデザインの開発に携わったかについては疑問が残る。

(註5) ジェラルド・チャールズ・ジェンタ

黎明期のウォッチデザイナー。1931年ジュネーブ生まれ。15歳からジュエラーとしての修業を積み、23歳でデザイナーに転向。その後、数多くの時計ブランドやサプライヤーから部分的なデザインを託される。72年発表のオーデマ ピゲ「ロイヤル オーク」で、トータルパッケージとしてのウォッチデザインをはじめて手掛け、同時に自社の時計ブランドも設立。2011年没。

(註6) ルードヴィッヒ・エクスリン

1976年に時計師ヨルグ・シュープリングに弟子入りし、天文時計の超大作「ファルネーゼクロック」の調査、分析、修復に携わる。その論文でベルン大学の応用物理学および歴史学の博士号を取得。後にユリス・ナルダンで「天文三部作」の設計を手掛ける。2001〜14年には、ラ・ショー・ド・フォン国際時計博物館の館長を務めた。

Words 鈴木裕之 Hiroyuki Suzuki

写真協力・『クロノス 日本版』(時計)


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November 15, 2020 at 07:51AM
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