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コロナ後遺症の謎を解く鍵 「毛細血管の微小血栓」 - 日本経済新聞

新型コロナウイルス感染症から回復した後も、多くの人が悩まされるコロナ後遺症(罹患後症状)。その仕組みを解明する研究が2年以上にわたって行われてきたなかで提唱された仮説の一つに「微小血栓」がある。微小血栓ができて毛細血管がふさがれると、血液や酸素の流れに影響が生じ、様々な症状につながるという説だ。

新型コロナ後遺症と微小血栓が関連している可能性を最初に指摘したのは、南アフリカ、ステレンボッシュ大学の生理学者イセレシア・プレトリウス氏のチームだった。その後、氏らが2021年8月に学術誌「Bioscience Reports」に発表した研究で、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質が微小血栓の形成を誘発することと、こうした微小血栓は、人体に備わった血栓を溶かす仕組みでは壊れにくいことが示された。

この研究に基づき、新型コロナ後遺症に苦しむ人の微小血栓を調べる試みが米国で行われている。自らも後遺症の患者である研究者たちが行う共同研究「Patient-Led Research Collaborative」の設立に携わったリサ・マコーケル氏も、2021年の研究について知ったときは興奮を覚えた。

マコーケル氏は、新型コロナのパンデミック(世界的大流行)が始まって間もない2020年3月に感染し、軽い症状が出た。しかし、その後数カ月にわたり、激しい息切れ、極度の疲労、ブレインフォグ(頭の中に霧がかかったようにぼんやりした状態)に悩まされた。同年8月には症状が改善し始めたが、フィットネスのクラスに参加した翌日、心拍数が急上昇して呼吸が苦しくなり、救急治療室に駆け込んだ。「かなり基礎体力が落ちました。コロナ以前はハーフマラソンを完走できたので、劇的な低下です」

当時28歳だったマコーケル氏はやがて、自分の症状が一時的ではないことを認識するようになる。2021年末には、「体位性頻脈症候群(POTS)」と診断された。立ち上がるときに呼吸の乱れや動悸、めまいが起きる病気で、複数の新型コロナ後遺症患者での症例が記録されている。POTSには治療法がなく、水分や塩分の摂取量を増やして対処する患者もいる。診断から1年が経過した今も、マコーケル氏の症状は運動後の倦怠感と、それによる症状の悪化に悩まされている。

もどかしかったのは、一般的な血液検査などを受けても、正常という結果しか出なかったことだ。そこで2022年11月、米国カリフォルニア州からニューヨーク州に飛び、新型コロナ後遺症からの回復について研究している米マウントサイナイ・ヘルスシステムのデビッド・プトリーノ氏を訪ね、血液サンプルを採取して微小血栓を探してもらった。プトリーノ氏は「まだ初期段階で、数十人しか検査できていません」と言うが、微小血栓はマコーケル氏を含む全員から見つかっている。

マコーケル氏は、顕微鏡画像で微小血栓を表す蛍光グリーンの塊を見たとき、初めて病気の証拠が得られたと感じ、安堵の涙を流したという。「PCR検査を受けられなかったことに始まり、ここ数年はずっと、悪いところはないと言われ続けてきたのです」

ただし、微小血栓仮説は妥当と思われるとしながらも、新型コロナ後遺症の謎を解くピースの1つにすぎないと考える専門家もいる。だが、そういった専門家も、微小血栓が後遺症の症状に与える影響や、血栓を取り除くことで症状を改善できるかどうかについて、今後の研究で明らかになることを期待している。

簡単には壊れない微小血栓

動脈や静脈をふさぐ血栓とは異なり、毛細血管でできる微小血栓は、フィブリノゲンという水に溶けるタンパク質が、炎症を起こす分子と反応するとできる。人の体は通常、こうした血栓を血管からの出血を止めるために活用しており、それゆえ血栓を溶かす機能もある。

プレトリウス氏らは10年以上にわたって微小血栓について研究し、2型糖尿病、慢性疲労症候群、アルツハイマー病、パーキンソン病などの患者の微小血栓を観察してきた。そして、2021年8月に医学誌「Cardiovascular Diabetology」に発表した予備研究では、急性の新型コロナ患者や、6カ月以上にわたって症状が出ている新型コロナ後遺症患者の血液に、相当量の微小血栓ができていることがわかった。しかも、簡単に分解される糖尿病などの微小血栓とは違い、新型コロナの微小血栓は簡単には壊れない。

こうした壊れにくい微小血栓を詳しく調べたところ、大量の炎症分子と、血栓を壊れにくくする「α2-アンチプラスミン」というタンパク質が含まれていることがわかった。体中の毛細血管が微小血栓でふさがれてしまえば、臓器や組織への酸素や栄養の供給が妨げられ、疲労、筋肉痛、ブレインフォグといった新型コロナ後遺症の症状につながる可能性がある。プトリーノ氏は、「太い血管をふさぐことはないので、命にかかわることはありませんが、臓器の機能には大きな影響を与えます」と説明する。

プレトリウス氏らは、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質が原因で微小血栓ができると考えている。新型コロナ後遺症の患者は、スパイクタンパク質が1年後も血液中に残っている場合がある。

冒頭で紹介した2021年の研究で、氏らのチームが健康な血液にスパイクタンパク質を加えてみたところ、微小血栓の形成が誘発された。また、スパイクタンパク質が存在すると、血栓が自然に除去される「線維素(フィブリン)溶解」の働きを受けにくくなることもわかった。「スパイクタンパク質が健全なフィブリノゲンと結合するせいで、(微小血栓が)より大きく丈夫な構造になるのではないかと考えています」とプレトリウス氏は話す。

このような微小血栓が長期にわたって存在すると、誤って健康な組織を攻撃する「自己抗体」というタンパク質が作られ、体を衰弱させる不調を引き起こす可能性がある。プレトリウス氏が特に心配しているのは、このような患者たちだ。

微小血栓を見つけるには

微小血栓を見つけるには、一般的な病理検査室にはあまり備わっていない蛍光顕微鏡を使う必要がある。「医者に診てもらうだけでは、微小血栓があるかどうかはわかりません」。米非営利団体「ポリバイオ研究財団」の微生物学者で、共同研究「コロナ後遺症研究イニチアティブ」の設立にも携わったエイミー・プロアル氏はそう話す。

ただし、この手法について、検査の性能を示す「感度と特異度」は未知数だ。「500人の新型コロナ後遺症患者がいたとして、この検査では100%が陽性になるのでしょうか、それとも20%でしょうか。また、他の病気で似た現象が起きているとすれば、この手法はどれだけ新型コロナに特異的なのでしょうか」と、米ワイルコーネル医科大学の血液学者ジェフリー・ローレンス氏は疑問を投げかける。

プトリーノ氏やプレトリウス氏の研究には関与していないローレンス氏は、発表された微小血栓の研究は少数の新型コロナ後遺症患者しか扱っていないので、調査対象を広げて複数の研究室で再現する必要があると指摘している。プトリーノ氏は、米エール大学の免疫学者である岩崎明子氏と協力して、数百人の新型コロナ後遺症患者を調査する計画を立てている。また、プレトリウス氏はワクチンに由来するスパイクタンパク質についても同様の研究を行っている。

今のところ、プトリーノ氏らの研究からは、微小血栓の数と認知機能の低下の程度に関連性があることがわかっている。チームは、微小血栓を客観的に測定する方法についても開発を進めているが、プトリーノ氏は「まだ初期の初期といった段階です」と話す。

米ユタ大学の血液学者ヤザン・アブー・イスマイル氏は、これらの微小血栓の研究には参加していないが、新型コロナ後遺症と微小血栓に関連があるとする説はもっともだと考えている。氏は、微小血栓ができた新型コロナ後遺症患者の毛細血管や臓器の中で何が起きているのかを記述した研究を期待するとしたうえで、「微小血栓によって毛細血管がふさがるという仮説は立てられますが、実際に詰まっているのかどうかはわかりません」と述べている。

求められる確実な治療法

研究が続く一方で、新型コロナ後遺症の症状に悩む患者は治療法を求めている。

プレトリウス氏のチームが査読前論文を投稿するサーバ「Research Square」に2021年12月に公開した研究論文では、24人の新型コロナ後遺症患者に、血液をサラサラにする抗凝固薬の「アピキサバン」と、血小板の働きを抑える2種類の薬を1カ月間併用したところ、微小血栓自体の減少や、微小血栓があると起こる血小板の活性化の軽減がみられたという。

この研究は、被験者や治療後の結果の測定を増やすよう見直しが進められているが、プトリーノ氏は「抗凝固薬や抗血小板薬の効果を示す臨床試験が必要です」と述べている。また、毛細血管にできた血栓の治療には、大きな血栓の治療に使うものとは異なる抗凝固薬を使うべきかどうかも検討したいと考えている。

一方、マコーケル氏は、「セラペプターゼ」や「ナットウキナーゼ」など、市販の酵素サプリメントを自ら試している。これらには血栓を解消する効果があるとされているが、米食品医薬品局(FDA)は承認していない。

こういったサプリメントや医薬品の適応外使用に頼る患者がいる中、マコーケル氏を含め、多くの新型コロナ後遺症患者は、これらの効果を検証する臨床試験が行われていないことに憤りを覚えている。マコーケル氏自身は副作用を経験していないが、同じサプリメントを飲んで吐き気や嘔吐があった人もいると聞いたという。プレトリウス氏のチームは、サプリメントの効果についても研究したいとしているが、当面は患者の自己責任で試すしかない。

マコーケル氏は、「この問題の規模と生活への影響を考えれば、(米政府によるワクチン開発加速計画)『オペレーション・ワープ・スピード』級の対策が必要です」と訴える。「一向に進展しない状況を、非常にもどかしく感じています」

文=PRIYANKA RUNWAL/訳=鈴木和博(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2022年1月31日公開)

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